福岡高等裁判所 昭和46年(う)272号 判決 1971年11月04日
主文
原判決中被告人らの関係部分を破棄する。
被告人松永徹を懲役一年に、同熊谷利秋を懲役六月及び罰金一万円に各処する。
原審における未決勾留日数中、被告人松永に対し七〇日、同熊谷に対し四〇日をその懲役刑にそれぞれ算入する。被告人熊谷において右罰金を完納できないときは金千円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官森崎猛(同松原秀之名義)被告人松永徹および弁護人川淵秀毅提出の各控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は右弁護人提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
検察官の控訴趣意(未決勾留日数の算入の誤)について
(一) 被告人松永に関する所論を検討するに、
同被告人は本件につき、昭和四五年七月二四日勾留状の執行を受け、原審及び当審を通じて勾留を継続されているものであるが、同四六年四月二六日大分地方裁判所中津支部において、懲役一年(未決勾留日数中二四〇日本刑算入)に処せられたものであり、他方右被告人は本件とは別に詐欺被告事件(以下別件という)により昭和四三年一〇月一四日勾留状の執行を受け、同月二六日福岡地方裁判所に起訴され、同四四年二月八日保釈により釈放となったが、同四五年八月二五日同裁判所において懲役三年六月(未決勾留日数中六〇日本刑算入)に処せられ、同日保釈の失効により収監され、同年九月三日控訴の申立をなし、同四六年三月二三日福岡高等裁判所において控訴棄却、第二審の未決勾留日数中一五〇日を右第一審の本刑に算入する旨の判決言渡を受け、同年四月一日上告申立をなし、現に右事件が上告審に継続中であることは記録上明らかである。
しかして、右被告人に対する未決勾留日数は本件により勾留された昭和四五年七月二四日から本件原判決言渡の前日である同四六年四月二五日まで二七六日であるところ、右に重複する別件勾留期間のうち、別件の第一審判決言渡から控訴申立の前日まで法定通算さるべき九日間、右控訴審判決により本刑に算入された一五〇日間及び右控訴審判決言渡の日から上告申立の前日まで法定通算さるべき九日間の合計一六八日は、既に別件判決の本刑に算入され、本件原判決はこれを重複算入(各別の勾留状の執行であるが現実の拘禁は一つという意味で、以下これが算入を重複算入と略称する)しているので、これを控除すれば本件未決勾留日数は一〇八日を残存するにすぎないことは所論指摘のとおりである。
ところで所論は、右別件の判決が未確定であっても、これが確定した場合と同じように、重複算入にかかる一六八日はもはや原判決において本刑に算入することは許されないとし、その根拠として別件判決は上告審において、上告を棄却された場合はもちろん、破棄された場合でも不利益変更禁止の原則及び上訴申立後の未決勾留日数が法定通算されることにより確定判決の場合と同視され得るからであるというのである。
しかし、未決勾留日数を本刑に算入した別件判決が確定した場合には、右の未決勾留算入部分は該判決の確定により、これと同時に本刑たる自由刑に算入されて執行に替えられるものである。つまり該部分の刑の執行を既に終ったものとみなされるのである。したがって、これは刑の執行自体と重複する場合と同じであるから、これと重複する未決勾留日数を再び算入することは許されないのである。これに反し別件判決が未確定の場合には、その未決勾留算入部分も執行に替えられることはありえないので、判決確定の場合と同視することはできない。
所論にいわゆる不利益変更禁止の原則の適用により別件判決の未決勾留算入部分が削減されることはないから判決確定の場合と同じように考えて差支えないとの主張は、仮に未決勾留算入部分が不利益に変更されなかったとしても、判決確定の事実がない限り、該算入部分の刑の執行を終ったとみなすべき契機は発生しない。のみならず、被告人のみの上訴にかかる場合で、未決勾留算入部分を削減しても、これを超える程度に本刑を利益に変更するときは、全体として不利益変更にならないので、未決勾留の本刑算入が不利益変更禁止の原則により常に不動なものであるということはできない。また、仮に所論の如く別件判決が未確定の場合であっても、重複算入となる限り違法であるとすれば、既に未決勾留を算入した別件判決を看過して算入した判決は常に違法というべきであるが、この判決が別件判決より先に確定した場合には、この違法たるべき判決が正当となり、正当に算入した別件判決が違法なものに変化するという奇怪な結果となる。殊に、重複算入した各別の判決が同日に言渡された場合(例えば一審と控訴審で)には、いずれの判決も違法ということはできず、いずれも正当な未決勾留の算入といわざるをえない。
これらの点を考え併せた場合、本件の如き重複算入を違法ならしめる要素は別件判決の確定に限られるので、別件判決が未確定の場合でも確定した場合と同視すべきであるとの所論の前提は妥当でなく、被告人松永に対する原判決が別件判決の算入した未決勾留日数と重複する一六八日を含め二四〇日の未決勾留日数を本刑に算入する旨を言渡したことは所論のとおりであるが、右算入をもって違法であるということはできない。
しかしながら、右部分の本刑算入が違法でないとしても、その裁量が相当であるか否かはなお考えてみなければならない。すなわち、本件において原審は別件判決によって重複勾留部分につき本刑算入がなされたことを全く看過しており、且つこれを確認すべき資料も有していなかったものであって、原審がこれを覚知していたとすれば、右の重複算入をしなかったものであることが記録上十分窺われること、右別件判決は未確定とはいえ、係属せる審級は上告審であり且つ不利益変更禁止の原則の適用により未決勾留日数の本刑算入部分の削減の可能性は極めてすくないこと、(尤も絶無とはいえないので、重複算入を違法とすることはできない)言換えれば、別件判決の確定によって本件原判決の重複算入部分が違法な算入となる蓋然性が極めて高いこと、本件の審理その他に照しても右の如き算入を妥当とすべき事由は見当らないことなどを併せ考えるとき、本件において本刑に算入すべき未決勾留は別件判決の算入せる部分を控除した残日数(一〇八日)を対象とするのが妥当というべきである。したがって、右日数より本件審理に必要と認められる期間を控除した日数を本刑に算入するのが相当といわなければならない。しかるに、これを超え二四〇日の本刑算入をなした原判決は、未決勾留の本刑算入につきその量定が不当であるから、結局破棄を免れない。
(二) 被告人熊谷に関する所論を検討するに、
同被告人は本件につき、昭和四五年八月二九日勾留状の執行を受け、原審及び当審を通じて勾留を継続されているものであるが、同四六年四月二六日大分地方裁判所中津支部において懲役六月(未決勾留日数中右刑期に充つるまで本刑算入)、罰金一万円に処せられたものであり、他方右被告人は本件とは別に、詐欺被告事件(以下別件という)につき昭和四三年一〇月一四日勾留状の執行を受け、同月二六日福岡地方裁判所に起訴され、同四四年一二月二三日保釈により釈放となったが、同四五年八月二五日同裁判所において懲役三年(未決勾留日数三〇日本刑算入)に処せられ、保釈失効により同日収監され、同年九月四日控訴の申立をなし、同四六年三月二三日福岡高等裁判所において控訴棄却、第二審の未決勾留日数中一五〇日を右第一審の刑に算入する旨の判決言渡を受け、同年四月一日上告申立をなし、同年五月一日上告取下をなしたので同日右判決は確定し、即日右懲役刑の執行を受け爾来継続して受刑中であることは記録上明らかである。
そこで、原判決中未決勾留日数の本刑算入の当否を考察すべきところ、右被告人に対する未決勾留日数は本件により勾留された昭和四五年八月二九日から本件原判決言渡の前日である同四六年四月二五日まで二四〇日であるが、すでに明らかなとおり、右未決勾留は別件につき収監された昭和四五年八月二九日から同四六年四月二五日までの間において重複しており、その間別件第二審判決の言渡後にして、本件で勾留された同四五年八月二九日から控訴の申立をした前日までの法定通算さるべき六日間、右控訴審の判決で算入された一五〇日間及び右控訴審判決言渡の日から上告申立の前日までの法定通算さるべき九日間の合計一六五日は右別件判決の確定により前記(一)に説示する如くその本刑に算入されて執行に替えられた未決勾留日数であることが認められ、これを更に本件原判決の本刑に算入することは許されないものといわなければならない。
したがって、本件未決勾留は右の執行に替えられた別件勾留一六五日を控除した残日数七五日にすぎないことが認められるところ、これを超え、未決勾留日数中懲役六月の刑期に充つるまで本刑に算入した原判決は、右の超過する限度において違法であり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。
被告人松永及び弁護人の各控訴趣意(いずれも量刑不当)について
しかし、本件記録および原審取調べの証拠に現われている右被告人の年齢、前歴、境遇、犯罪の情状ならびに犯罪後の情況、殊に、本件犯行の態様は悪質であり、前後五六回にわたり共謀又は単独で、合計七六九万一六二八円に相当する商品などを騙取したものであるが、被害物件の一部の返還(但し共犯者宇都宮茂喜において)及び合計一二二万五八五〇円の被害弁償がなされたほか、その餘の被害の弁償はなされていないこと等に鑑みるときは、所論の被告人に有利な事情を十分参酌しても原判決の被告人に対する科刑は重きに過ぎるものではなく、前示(一)の如く原判決が未決勾留日数を過大に算入したことを顧みるとき、むしろその点軽きに失するものというべきである。論旨はいずれも理由がない。
以上のとおりであるから、原判決中被告人松永に対する部分は刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により、被告人熊谷に対する部分は同法三九七条一項、三八〇条によりそれぞれこれを破棄し、(被告人松永の控訴は理由がないが、結局原判決を量刑不当により破棄するので、主文において控訴棄却をしない)同法四〇〇条但書に従い自判する。
原判決の確定した被告人松永及び同熊谷に関する各事実に法律を適用すると、被告人松永の各所為は各刑法二四六条一項(共謀の点は各同法六〇条)に、被告人熊谷の各所為中詐欺の点は各同法二四六条一項、六〇条に、賍物牙保の点は各同法二五六条二項罰金等臨時措置法三条にそれぞれ該当するところ、被告人熊谷に対しては前示確定裁判があって、これと同法四五条後段の併合罪であるから同法五〇条により右各罪につき更に処断すべく、以上は各被告人につき同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条、一〇条により被告人松永に対しては犯情最も重い原判示第九の(一)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人熊谷に対しては犯情最も重い原判示第一五(イ)の罪の懲役刑に法定の加重をなし且つ罰金刑につき同法四八条二項により右判示第一五(イ)、(ロ)の各罪所定の罰金額を合算した刑期及び金額の範囲内で、被告人松永を懲役一年に、被告人熊谷を懲役六月及び罰金一万円に各処し、同法二一条に則り原審における各未決勾留日数中、被告人松永に対しては七〇日を、被告人熊谷に対しては四〇日を右各懲役刑に算入し、同被告人において右罰金を完納できないときは同法一八条に則り金千円を一日に換算した期間右被告人を労役場に留置し、なお原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書に従い被告人らに負担させないこととする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤田哲夫 裁判官 平田勝雅 井上武次)